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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)185号 判決

原告 興和商事株式会社

被告 渋谷税務署長

主文

被告が原告の昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四二年六月三〇日付でした更正処分のうち課税所得金額が金三七六万九七五一円をこえる部分および過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

主文と同旨の判決を求めた。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」。

との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告の主張―請求の原因

(一)  原告はその昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度の法人税について、同年五月三一日課税所得金額を金三七六万九七五一円、税額を金一〇九万四九二〇円として確定申告したところ、被告は昭和四二年六月三〇日付をもつて課税所得金額を金一五一〇万八九三三円、税額を金五五四万一七〇〇円と更正する処分をし、かつ、過少申告加算税金二二万二三〇〇円を賦課決定する処分をした。

(二)  原告はこれを不服として昭和四二年七月二八日東京国税局長に対し審査請求をした(なお、右更正および加算税賦課決定の各処分は国税通則法((昭和四五年法律八号による改正前のもの))第二七条に基づいてなされ、同法第七九条第一項第一号に該当したので、課税庁に対する異議申立てをすることなく、直接審査請求に及んだものである。)が、昭和四三年四月二七日付でこれを棄却する旨の裁決があり、同年五月一四日その送達を受けた。

(三)  しかし、右更正処分および加算税賦課決定処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の主張

(一)  (請求原因に対する認否)

原告主張の(一)(二)の各事実は認める。

(二)  (抗弁―処分の適法性)

原告主張の更正処分は以下に記す根拠に基づくものであつて、もとより適法である。したがつて、また、原告主張の加算税賦課決定処分も、それだけの根拠を備え、適法である。

1 被告が原告の前記確定申告にかかる所得金額についてなした更正は右所得金額にそれぞれ相当の理由をもつて次表のごとき加算および減算をした結果である。

(1) 加算

理由

金額(円)

売上繰延否認

二一五〇〇〇〇〇

有価証券認定損戻入

七二二八〇

電話加入権もれ

三二〇

(2) 減算

理由

金額(円)

売上分棚卸認定損

一〇〇一四二四二

有価証券認定損

三二〇

未納事業税認定損

四九〇五〇

価格変動準備金超過認容分

四一六三三

割賦引当金超過認容分

二二〇一

減価償却超過額当期認定分

一二五九七二

また、被告が原告の右確定申告にかかる法人税の税額についてなした更正は右更正による所得金額のうち、三〇〇万円に対する法人税額九三万円(税率一〇〇分の三一。法人税法第六六条第一項第一号)および三〇〇万円を超える分に対する法人税額四四七万九九六〇円(税率一〇〇分の三七。同項第二号)の合計五四〇万九九六〇円について、それぞれ相当の理由をもつて課税留保の所得金額二五一万七〇〇〇円に対する法人税額二五万一七〇〇円の加算および所得税等一一万九八六一円の控除をした結果である。

2 そして、右所得金額の更正の理由のうち、売上繰延を否認して二一五〇万円を加算し(右1、(1)のイ)、また売上分棚卸認定損を認めて一〇〇一万四二四二円を減算した(右1、(2)のイ)のは次の理由による。すなわち、

(1) 原告は右確定申告にかかる事業年度中たる昭和四一年三月一〇日佐藤英夫および佐藤徹の両名との間において分譲マンシヨンたるビラ・ビアンカ7L室(以下、本件マンシヨンともいう。)を代金二一五〇万円で譲渡する旨の売買契約を締結し、その契約に従い、右佐藤らから右代金のうち、四〇〇万円を右同日、一〇〇〇万円を中間金と称して同月一五日また残金七五〇万円を同年四月三〇日それぞれ受領し、他方、同人らに対し右中間金受領と同時に右マンシヨンの使用を許諾して、これを引渡し、同人らは同年三月中から右マンシヨンを使用し、給湯設備も利用した。

なお、右マンシヨンの売買契約が締結されたのは右佐藤らが昭和四〇年三月一二日その共有の山林三二五四坪を殖産土地相互株式会社に代金三四〇九万円余で売却し右代金の支払を受けたので、それから一年内の昭和四一年三月一二日までに買替資産を取得して譲渡所得に伴う課税免除の特例たる租税特別措置法第三五条適用の必要条件を充すべく、原告に協力を要請し、原告がこれに応じたことによるものである。

また、右マンシヨン売買における代金分割払の約定は右佐藤らにおいては右事情から即時支払の用意があつたのに、原告においても格別即時支払を受ける必要がなかつたところから、原告の提唱によつて成立したものである。

(2) そして、物件の売却に伴う収益は売買代金債権が確定したと認むべき時に生じるものというべきである(権利確定主義)が、売買代金債権は特約のない限り売買契約の効力発生時に確定する。なお、この点に関し、法人税法基本通達二四九は「資産の売買による損益は所有権移転登記の有無及び代金支払の済否を問わず、売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入する。ただし、商品、製品等の販売については、商品、製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる」と述べているが、それは通常、売買の目的物が特定され、その所有権移転、引渡、代金支払の各時期および登記手続などの定めがなされる資産の売買においては、原則として契約の効力発生の日に代金債権が生じ、これにより収益が生じるものとみるとともに、そのような契約形態によらないで、継続的かつ大量に取引され、代金支払の方法が各種にわたる商品、製品等の販売においては、一応、商品、製品等の引渡時に代金債権が発生し収益が実現するものとみる趣旨である。

したがつて、原告と佐藤らとの間になされた本件マンシヨン売買の代金債権は右売買契約の効力が発生したものとみられる昭和四一年三月一〇日確定し、これにより収益が生じたものというべきであるから、原告としては前記事業年度の確定申告においてこれを益金に算入するとともに右マンシヨンの棚卸の結果を損金に算入すべきであつた。

もつとも、本件マンシヨンの売買をもつて原告にとつて前記通達のただし書きにいう商品の販売に当るとみる向きがあるかもしれないが、右マンシヨンの売買については、商品のようにその引渡をもつて代金債権確定の認識基準とすべき実体的な根拠がない。

かりに、その引渡時に代金債権が確定したと解するとしても、右マンシヨンが原告から佐藤らに引渡されたのは前記のように昭和四一年三月一五日である。

三  原告の主張―抗弁に対する認否

被告主張事実中、1の事実は被告主張の売上繰延否認を理由とする所得の加算および同じく売上分棚卸損による減算が相当であることを除き、これを認め右除外の点は争う。

同2の(1)の事実は原告と佐藤英夫および佐藤徹との間において昭和四一年三月一〇日本件マンシヨンの売買契約が締結されたこと、右佐藤らが原告に対し、同月一五日中間金と称して一〇〇〇万円を支払い、同年四月三〇日代金残額を支払つたこと、佐藤らが同年三月中右マンシヨンを使用したことを認めるほか、すべて否認する。原告は右マンシヨンにつき同年四月三〇日右佐藤らに対し鍵一式を交付してその引渡を了するとともに所有権移転登記手続をしたものである。

同(2)の主張は被告主張の基本通達の存在することを認めるほか、すべて争う。この点について昭和四四年五月一日付法人税基本通達は解釈を具体化し、資産の販売等による損益の章の二―一―一において「たな卸資産の販売による収益の額は、その引渡があつた日の属する事業年度の益金の額に算入する」とし、また二―一―三において「固定資産の譲渡による収益の額は、その引渡があつた日の属する事業年度の益金の額に算入する。但し、法人が当該固定資産の譲渡に関する契約の効力発生の日以後引渡の日までの間における一定の日にその譲渡による収益が生じたものとして当該日の属する事業年度の益金の額に算入したときはこれを認める」としていることに注意すべきである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告がその昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度の法人税について、同年五月三一日課税所得金額を金三七六万九七五一円、税額を金一〇九万四九二〇円として確定申告をしたところ、被告が昭和四二年六月三〇日付をもつて課税所得金額を金一五一〇万八九三三円、税額を金五五四万一七〇〇円と更正する処分をし、かつ、過少申告加算税金二二万二三〇〇円を賦課決定する処分をしたこと、原告が本訴に先立ち適法な審査手続を経たこと、右更正処分が被告主張の計算に基づくこと、右計算のうち、被告主張の売上繰延否認を理由とする所得の加算および同じく売上分棚卸損を理由とする減算以外の部分がそれぞれ相当の理由を具えたものであることは当事者間に争いがない。

二  そこで、右売上繰延否認を理由とする所得の加算および右棚卸損を理由とする減算の当否を考察して、右更正処分の適否を判断する。

原告が右確定申告にかかる事業年度中たる昭和四一年三月一〇日佐藤英夫および佐藤徹の両名との間において本件マンシヨンを譲渡する旨の売買契約を締結し、右佐藤らから同月一五日中間金と称して一〇〇〇万円、同年四月三〇日代金残額の各支払を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、証人林恵二の証言によつて真正に成立したものと認める乙第六号証、証人高野直勝、佐藤英夫、林恵二、鈴木靖三の各証言を総合すれば、原告と右佐藤らとは右売買契約において代金を二一五〇万円とし、そのうち、四〇〇万円を手付として契約時、一〇〇〇万円を中間金として同年三月一五日、また、残金七五〇万円を同年四月三〇日それぞれ支払う旨を約し、これに従つて右手付金を授受したうえ、前記のように中間金および残代金の授受をしたものであることが認められるほか、右売買締結前後の事情として、次の事実が認められる。

原告は不動産の売買を目的とする商事会社であつて、転売のため本件マンシヨンを含む分譲住宅を建設取得し、これを分譲に供し、そのうち本件マンシヨンを佐藤らに売却し、右代金残金額受領と同時に同人らのため右マンシヨンの所有権に関する登記を了したものである。

一方、右佐藤らは昭和四〇年三月一二日他三名との共有山林を殖産土地相互株式会社に売却したので、その譲渡所得に伴う所得税につき租税特別措置法第三五条のいわゆる居住用財産の買換えの特例による恩典を受けるため、原告から本件マンシヨンを買い受けたものであつて、右税法上の特典を受けるのに都合が良いようにとの考慮から契約時に代金の支払を完了すべく、ともかく千葉銀行に預金を準備したが、原告側から分割払に応じる旨の申出を受けたため、前記の代金支払方法を約したものである。そして、右佐藤らの税務顧問たる税理士林恵二は右税法上の特典に与るには右共有山林売却後一年以内に買換え財産の所有権を取得するに止まらず、少なくともその引渡を受けた体裁を作る必要があるとし、原告と交渉の末、昭和四一年六月頃にいたり、原告との間において本件マンシヨンの売買契約につき、その引渡の時期を明示せず、ただその所有権に関する登記の時期を残代金支払い完了時と定めた旨を記載し、文面だけでは引渡が代金の支払と関係なく行われたとの解釈の余地を残す体裁の契約書を作成した。しかし、原告は実際には他の事例と同様、少なくとも同年四月三〇日代金残額の支払を受けるまで本件マンシヨンを佐藤らに引渡した事実がなく、それまでの間には、ただ同人らが内装の手入れ、模様変えの計画などのため立入りを求めた際、係員立会のもとに、これを認めた事実があるにすぎないのみならず、むしろ、買受人のうち、佐藤英夫は本件マンシヨンに入居せず、佐藤徹は同年三月初旬足部を骨折して入院したため、同年六月中旬ようやく右マンシヨンに引越して入居した。

以上の事実が認められるのであるが、乙第二号証の一ないし七の各記載は右認定の妨げとならず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、本件マンシヨンは原告にとり営利目的実現の手段として商行為の客体たる商品であつたものであり、原告はこれを佐藤らに販売して収益を挙げたものであるが、その販売による引渡は早くても原告の昭和四一年四月一日を始期とする事業年度に含まれる同年六月以降になされたものといつて妨げない。なお、右販売に伴う登記がなされたのも右事業年度に含まれる同年四月三〇日であることはさきに認定のとおりである。しかるところ、企業会計制度対策調査会(終戦後、大蔵省経済安定本部に設置)が「企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかから、一般に公正妥当と認められたところを要約したものであつて、必ずしも法令によつて強制されないでも、すべての企業がその会計を処理するに当つて従わなければならない基準である。」(前文二1)として昭和二四年七月公表した「企業会計原則」は一方において「損益計算書は企業の経営成績を明らかにするため、一会計期間に発生したすべての収益とこれに対応するすべての費用とを記載し、当期純利益を表示しなければならない」(第二損益計算書原則の一)として、損益計算書の記載については原則として収益発生主義(税法上のいわゆる権利確定主義にあたる。)によるべきことを示しながら、他方において「売上高は実現主義の原則に従い、商品の販売又は役務の給付によつて実現したものに限る。未だ売却済とならない積送品及び試用販売、割賦販売、予約販売等に関する未実現収益は、原則として、当期の収益に算入してはならない。但し、長期の未完成請負工事等については、適正に利益を見積り、これを当期の収益に計上することができる。」(三(営業利益)B)として、商品の販売に関する記帳については収益実現主義によるべきことを示し(それは企業会計の目的から生じる要請に応じ実務慣習として成立した公正妥当な会計処理基準を明確にしたものと考えられる。なお法人税法第二二条は第一項において「内国法人の各事業年度の所得の金額は当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と定め、また第二項において「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする。」と定めるほか、第四項において「第二項に規定する当該事業年度の収益の額……は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」と定めている。もつとも、右第四項の規定は昭和四二年五月三一日法律第二一号により新設のうえ同年六月一日から施行され(同法附則第一条)、特定の場合を除き施行日以後に開始する事業年度にかかる法人税に限つて適用される(同法附則第二条)ものであつて、本件には直接適用されないが、その趣旨は収支計算に関する当然の基準を注意的に明文化したにすぎないから、実質的には本件にも妥当する。)、また、法人税法基本通達二四九が「資産の売買による損害は所有権移転登記の有無及び代金支払の済否を問わず、売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入する。ただし、商品、製品等の販売については商品、製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる」としていることは当事者間に争いがない。そして、右通達のただし書きは商品、製品等が主として動産たることに着眼した立言であつて、不動産が商品として販売された場合については、これに伴い所有権移転登記または引渡のいずれかがなされた時に販売が実現したとみて、これによる益金をその時点を含む事業年度に算入すべき趣旨に解するのが合理的である。被告は不動産の売買については、むしろ右通達の本文により権利確定主義に従うべきである旨を主張するが、右主張が不動産たる商品の取引の場合にも公正妥当な基準たりうることについては格別の根拠がない。

したがつて、原告は右通達のただし書きにより本件マンシヨンの販売収益を前記確定申告の翌事業年度の益金に繰延べて算入することができたものといわなければならない。

してみると、本件更正処分は右売上の繰延を否認して益金に加算する一方、これに見合うべき棚卸による損金を認めて減算した点において過誤を犯したものというべく、結局、課税所得金額が三六二万三一七五円を超える限度で違法であり、したがつて、また、本件過少申告加算税賦課決定処分はこれに対応する限度で違法である。

三  よつて、右更正処分のうち、課税所得金額が右違法たる範囲内の三七六万九七五一円を上まわる部分の取消およびこれに対応する過少申告加算税賦課決定処分の取消を求める原告の本訴請求をすべて正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)

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